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また寒そうな(寒かった)写真。左に見える、殆ど全面凍った塘路湖と、右奥の塘路の町です。

 

道東はこの2年強で4回目、塘路は2回目の訪問でした。
他のところもいいよ、とか、行かないの?とか言ってもらうのですが、なんていうか。。。人が多い場所が嫌だから出来るだけ自然の多い場所、しかも美しい場所に避難しているという目的が大きいので、観光しに行っている訳ではない気がします。
だから、毎回同じ景色になることは1度もないけど(雪の降り具合とか天候で)、同じ景色でいいんです。広々と、何も無い、電線の無い、湖や雪原が見たいから。

 

寒いところに行くと、行動すべてがピリッとするというか、無意識に何も出来ないところが好きなのではないかと思います。
どれだけ着れば寒くないか、携帯の電池は切れないか、車に忘れものはないか(凍っちゃう)、暗くなる前に道が凍る前に到着するには何時に出ればいいか、慣れない場所だからこそいつも考える。それが楽しい。(ずっと病気のせいで寒いところに行けなかった反動っていうのも、確かにある。)子供の頃から身体が丈夫だったら、探検家になっていたかも知れません。星野道夫さんの本など読むと、そう思う。

 

世の中の人を見ていると、「今ここのこの瞬間が楽しい」という人と「ここじゃない何処かに行きたい」という2種類の人がいて(あとは何も考えていない人もいるかもしれない)、なんとなく7対3くらいの割合なのかな、と想像しています。
お察しお通り、私は完全に後者で、小学校の3、4年生のころから、どこか遠くに行きたくてたまりませんでした。留学したかったのも、海外に憧れていたよりも「日本じゃないところにいたい」気持ちが強かったから。
なんでだろう。これは実は遺伝情報によるものなのではないかと、密かに推測しています。だってこの強い衝動、環境の作用とは思えないもん。

 

何度も転職しているのも、それに関係があるのかもしれない、と思います。
ゼロから人間関係を作り、仕事も白紙から学び直すことに全く抵抗がない、というか、むしろそれが無いと退屈してしまうのです。
英語ではWanderlustっていうけど、日本語ではこの言葉が存在してないところをみると。日本人には割合的に少ないのかな。
一応辞書では「放浪癖」という訳が付いているけど、ちょっと違います。(辞書は100%は信用できない。宛て字みたいなもの。)
「今自分のいる場所が間違っている」という気がする感覚。
どこかへ行き着いたらその衝動が収まるのだろうかと、子供の頃からずっと考え続けています。
もしかしたら、その先が道東なのではないかと。

 

いつも1人で行っているので、宿の人やガイドさんや他の旅行者の方々と思いのほか沢山お喋りし、結構ね、人の繋がりまで把握するまでになって来ていますよ。
面白いでしょ。
美味しいお店から、どの時期にはどこでイベントがあったとか、誰と誰が知り合いだとか。
塘路に2時頃着いてから夕暮れまで、展望台に登ろうと散歩(マイナス9度くらいだったので、散歩という言葉が余り似合わない)していたら、北大の学生さんと道すがら鉢合わせし、展望台で一緒になりました。帰りはお喋りしながら帰って来て、楽しかった。極寒の道東の夕暮れ時、1人で展望台を目指す変わり者同士、話が合って(笑)。
やっぱり一人旅っていいなー、でも住んだらどんな感じだろうと、また思いを巡らせています。